人生初の物乞い【メディテーション@ミャンマー5】

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2018年11月28日

ALMSに向かうトラック
ALMSに向かうトラック



今日はalms(托鉢)に参加した。
タイで下痢してから調子悪い。お腹の中では細菌戦争が繰り広げられているに違いないが、声をかけながらモンクと一緒に街を練り歩く。

 ALMSの様子
ALMSの様子

みなさん、米におかずにお菓子に日用品、油、調味料にお金にと、かなりの量を寄付していく。頭を下げながら。モンク(僧侶)に近寄るときは裸足になる。
私たちはいただいたものを少し離れたところに留めてあるトラックに運んで、空の入れ物と持ち替え、またしれっとした顔で列に戻り、寄付を受け取る。

これが仏教の国か。 托鉢、日本にいたら絶対にやらない。なにより恥ずかしい。 なんで寄付するのか、何でそれが当たり前なのか、与える側も与えられる側も。宗教になじみのない私にはよくわからない。施す側は手をすり合わせ、頭を垂れ、モンクを深く尊敬しているのがありありと伝わってくる。また、モンクに寄付することは、モンクの向こう側にいる誰かの命を救うという意味で間違いなく人助けになっている。



まだまだ消化しきれていない、衝撃的な体験だった。
今、元気に旅できることも、仕事ができることも、たまたまなのかもしれない。たった一つ、何かが違えば、今の私はいない。寝たきりだったかもしれないし、犯罪者だったかもしれないのだ。

たまに政治のニュースで見かけるくらいの、遠い国、ミャンマーで、初めて「信仰」の一端に触れた気がした。それは自分の手の届かない運命だとかに祈る日常の儀式だ。大切な人や神様とかには、人は何かをあげたくなる。それを正しく巡らせることができれば、食べ物が寝たきりの人に届くように、たくさんの人を救うこともできる。供物を懐に入れるから問題なんだろうけど。とかく敬遠しがちな「宗教」というものには、いい面もたくさんあるんだと認識を改めた。

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コメント

  • こんにちは

    衝撃でした

    托鉢って一般の人でもできるのですか?

    あと

    色々思うところがあるココロさんの心情 なんかわかります
    人生とか境遇とか運命とか考えちゃいますよね

  • 私のいたボランティアセンターだと、ほんとに誰でもできました。
    毎日私みたいな外国人のボランティアが参加してましたよ!

    文化というか、生き方の違いを目の前で見ると、しばらく頭から離れなくなっちゃいますよね・・・。
    答えがないから考えるのが終わらないです(笑)

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